『何が映画か −「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって−』

 黒澤明監督の遺作となった『まあだだよ』は、1993(平成5年)4月の公開されている。この後黒澤は、『海は見ていた』のシナリオを書き、1995年(平成7年)に『雨あがる』のシナリオを書いている時、怪我を負い、そのまま床に伏す生活となり1998年(平成10年)に逝去する。
 一方の宮崎は、ナウシカ(1984年)、ラピュタ(1986年)、そして1988年のトトロ、さらに『魔女の宅急便』が1989年。1993年時点での最新作は『紅の豚』(1992年)であり、アニメーション映画監督として、第一人者の地位を確立していた。
 1910年(明治43年)生まれの黒澤は、1993年当時、83歳。そして、1941年(昭和16年)生まれの宮崎は、52歳。ふたりの年齢差はおよそ30歳である。
 このふたりが1993年(平成5年)のとある日にテレビで対談した。今回紹介する本は、その時の模様を文字にした対談集である。

『何が映画か −「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって−』(黒澤明 宮崎駿 著)
(編集発行:スタジオジブリ)(発売:徳間書店)(1993年8月31日初版発行)

何が映画か―「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって

何が映画か―「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって

 本書は、黒澤作品の『まあだだよ』が公開された1993年の5月に宮�啗駿が御殿場にある黒澤明の別荘を訪ねて対談をする、というテレビ番組が基になっている。その対談を文字に起こした。そして後日、スタッフがスタジオジブリを訪ねて宮崎駿に黒澤との対談に関しての単独インタビューをし、それも後半に登載されている。さらに付録というかおまけとして、『七人の侍』の助監督を務めた廣澤榮氏のエッセーが巻末を飾っている。このエッセーが爆発的に面白い。

 順を追って確認していこう。

 黒澤明監督待望の新作『まあだだよ』が前月4月に封切られたので、対談はこの『まあだだよ』の話題が中心になる。そして宮�啗駿自身が日本映画最高峰の作品と考えている『七人の侍』についてもたくさんのページを割いている。

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 対談部分の章見出しは「ちゃんとした映画を作るには・・・・・」。
 映画の監督業とは、何をしているのか、ということから解きほぐしている。実写の映画監督とアニメーションの映画監督のやることにはたくさんの違いがあるのだが、まずは基本として“こだわる”ことが大切なのだ、ということでふたりの意見は一致する。

 対談というスタイルは、互いが対等な立場で対話していく姿が正しいのだろうが、黒澤明宮崎駿。このふたりが対等であるはずがない。宮崎が敬愛してやまない巨匠・黒澤に対して教えを請う、という姿勢であるため、宮崎は質問し、黒澤が答える、という対談の姿になっている。黒澤はほとんど宮崎には質問をしない。宮崎はインタビュアーになっている。インタビュアーとしての宮崎の質問がとても的を射ているので、本書は読んでいる我々としても、とてもわかりやすい黒澤映画の解説書になっているのである。
 そして写真が多い。もしかすると本文ページの半分は写真かもしれない。黒澤映画の場面場面の写真が載っている。三船がいる。志村喬がいる。そして最新作の『まあだだよ』の写真もふんだんに掲載され、それとともに黒澤監督から場面場面の制作秘話を聞く。実に贅沢な書籍なのである。

 この二人の対談において、特に『七人の侍』と『まあだだよ』を使い、映画の作り方の講義を受けている、と云えばよいか。・・・・・そんな内容の対談になっている。

 対談の最後に宮崎駿は、時代劇をやってみたい。と語る。是非おやりになりなさい、と云う黒澤。そして宮崎駿は、この対談の4年後、黒澤の死の前年になる1997年(平成9年)に『もののけ姫』を完成させた。だから本書は、この『もののけ姫』も『千と千尋の神隠し』もまだ影も形もないときの内容なのだ。宮崎駿のこの2本を黒澤明は観ていない。もし観ていたら、そして元気であったなら、黒澤はどんな感想をもったのであろう。宮崎駿は、黒澤明の作品からたくさんの示唆やヒントを得て、それらを作ったに違いない。そういうことを考えると何か不思議な感じがしてならない。

 最後にの付録のような「『七人の侍』のしごと」という廣澤榮氏のエッセーが抜群である。助監督による『七人の侍』の制作ノートだ。黒澤映画ファンにはたまらない一文である。と共に映画制作を志している人たちにもいい経験談だと思うのだ。

 全体として、本書は映画作りを志望している若い人たちにこそ読んでほしい一冊だ。映画がどのように作られるか。・・・・・ということを考える本だ。どのように脚本を書くか、どのようにロケ地を選ぶか、どのようにセットを作るか、どのように道具を揃えるか、どのように撮影するか、どのように役者をその気にさせるか、どのように編集するか・・・・・。そういう映画作りのノウハウがぎっしり詰まっている本になっている。