『演劇入門』(平田オリザ)
第24回 平田オリザが求めるもの
鳩山・菅両総理の内閣参与だった脚本家で演出家の平田オリザさん。彼は戯曲を書くときのコツを一般の人に伝授した。
『演劇入門』(平田オリザ 著)(講談社)(講談社現代新書)(1998)
そもそも脚本家が自分のノウハウをべらべらと公表してしまうことが凄い。本書は演劇人・平田オリザの「芝居の作り方」を伝えるための本なのだ。
いきなり、「リアルな台詞とは何か?」と問いかけから始まる。この問いかけが実は簡単なようで難しい。
美術館でいきなり「美術館はいいなぁ」という台詞はリアルではない。説明的な台詞はリアルには聞こえない。ではどう云えばいいのか。どう云えば、観客にそこが美術館なのかを伝えられるのか。舞台セットで絵画や彫刻を並べれば、美術館に見える。しかしここでは台詞だけで勝負するのだ。
この問いについて、あれこれいろいろと例証したり、別の角度から見たりして、論を展開していくと思いきや、その答えが2頁先であっさり示されている。
「台詞を書く際には、遠いイメージから入ることが原則である。」という。
つまり、役者にいきなり「美術館はいいなぁ」と云わせるのではなく、遠くのイメージから徐々に迫っていくような台詞を用意すれば、それがリアルな台詞になる。という。
具体的には本書を読んでいただければいいのだが、この美術館を例にとれば、美術館は静かなイメージとか、デートで行くところとか、そういうイメージがあるので、最初はデートで美術館に来た男女。という設定で、台詞を作っていけばいいのだ。親しい間柄の会話というのは、第三者が聞いていてもたわいもないことが多いが、はじめはそれでいいのだ。そのたわいない会話がすなわち、“遠いイメージ”であり、そして徐々に近づいていけばいい。そういう過程を踏んで、そして最後に「美術館はいいなぁ」と云わせれば、まったく違和感なく説明的でもなくリアルな台詞になる。
このようにして戯曲を書いていく。この“遠いイメージから書く”ということで自分でも戯曲が書けるんじゃないか、と思う人は数多いるはずだ。
次に平田オリザが問題にするのは、戯曲のテーマについてである。芝居に果たしてテーマは必要なのか、というびっくりするような疑問を呈している。
だいたいの人は近代演劇にはテーマが必須である、と思っている。まず、テーマありき。それは、つまり脱原発とか戦争反対とか、そういう大きなテーマがあって、そのテーマに向かって邁進していくのが、演劇だと思っている。
しかし、平田オリザはそうではない。“何を書くか”が初めにくるのではなく、“いかに書くか”が最初にあるのだ、と云っているのだ。テーマがあるのではなく、表現があるのだ。平田オリザは云う。「伝えたいことなど何もない。でも表現したいことは山ほどあるのだ」と。
このことはある意味、とても新鮮なことだ。しかし、よくよく考えればその通りだ、と首肯する。書くことが好きな人は、何を書きたいのか、ということで書き始めるのではなく、あるものをどう表現しよう、と思いながら筆を執り、キーボードを叩き始める。
以上、ここまでが本書の第1章。
第2章は、戯曲を書く前にすることが書かれている。舞台となる場所を決め、背景を決める。
その次の第3章では、登場人物を決め、プロットやエピソードを決めて台詞を書いていく。
それぞれについて具体的に書かれている。まったく手の内をあかしている。
舞台として選ぶ場所は、半公的な場所。核になる人たちがいて、そこに外部から容易に出入りができるような場所がいい。と云っている。そして、背景も葬式などの半公的な空間を設定するといい。と書かれている。本書の題名は『演劇入門』である、ということを思い出させてくれるのだ。
あれこれ、戯曲執筆の方法、やり方、書き方、ノウハウを言葉を費やして、例示も豊富に記載し、そして「とにかく、一本、短いものでもいいから、構造のしっかりした一幕ものを最初に書くことを勧める」と云っているのだ。
彼はまた、繰り返し云う。
「私たちは、テーマがあって書き始めるわけではない。むしろ、テーマを見つけるために書き始めるのだ。」
そして、「それは、私たちの人生が、あらかじめ定められたテーマ、目標があって生きているのではないのと似ている」と。
この言葉に爽やかに感動してしまった。そしてこれは間違いなく、本書で平田オリザの最も云いたいことのひとつに違いない。
まずは、彼の芝居を観ることを勧める。戯曲を書くのはそれからにしよう。
- 作者: 平田オリザ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/10/20
- メディア: 新書
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