入学式

 入学式。
 仕事は全日有給休暇取得。
 晴。桜が満開である。
 朝から落ち着かない。5:00起床。飼い犬の散歩。祝辞の練習。朝食。練習。礼服に着替えて練習。
 8:15に家を出る。学校着は8:25。学校の廊下をうろうろして、練習。
 9:30頃から続々と来賓が到着。地元選出区議会議員。各町会長。近隣小学校の代表(教員やPTA)。歴代PTA会長。
 10:00に式典開始。来賓の入場。在校生の見ている前で校長の先導により来賓者の先頭を歩く。なんでこんな目に遭わないといけないんだ、と我が運命を呪いながら、でも顔は正面を向けて堂々と歩いたつもり。そして新入生入場。国歌斉唱。新入生紹介。担任がひとりひとり新入生の名前を呼び、呼ばれた新入生は返事をしながら立ち上がる。全員の名前を呼び終わると、校長が「入学を許可します」と宣言をした。ひとつの儀式、セレモニーである。そして校長の祝辞。そのあとにPTA会長の祝辞。呼ばれて壇上に上がる。階段の前で新入生に一礼。階段を上がって国旗に一礼。壇上からすべてを見渡す。真ん中に新入生。向かって左に教職員。右に来賓席。新入生のうしろに新2年、3年の在校生が腰掛けている。そしてバルコニーには新入生の保護者たちがずらりと並んでいた。新入生たちの期待に満ちた顔。顔。顔。在校生たちの冷たく刺すような視線。嗚呼。内ポケットから奉書紙を取り出し、時間を掛けて拡げてマイクに向かってしゃべり始める。声が裏返っているのがわかる。自分のすぐ上に別の冷静な自分がいて、ダメ出しをしている感じ。でも治らない。せっかく台詞のように覚えた原稿が見事に真っ白になっている。頭の中から消し飛んでしまった。

それがしが書いた原稿を全文登載する。

  平成二四年度 ○○○中学校入学式 PTA会長挨拶

 ○○○中学校 PTA会長の○▲□※です。
 平成二四年度新入生の皆さん、入学おめでとうございます。また、本日まで立派にお子さまを育ててこられた保護者の皆さまにも、心よりお祝いを申し上げます。さらにご来賓の皆さま、本日はご列席いただきまして、誠にありがとうございます。PTAを代表してお礼を申し上げます。
 まず、昨年起こりました、未曾有の大災害である東日本大震災でお亡くなりになられた人々に対し深く哀悼の意を表します。またいまだに不自由な生活を営んでおられる方々にお見舞いを申し上げます。
 真新しい制服に身を包んで、いま中学生になられた皆さんは、どんなお気持ちですか。
 私自身、遠い記憶を呼び起こし四〇年近く前のこの時を思い返すと、いま皆さんが感じられているその思い、そのままだったと思います。私は、昭和四九年、一九七四年に本校に入学しました。この同じ場所で、皆さんがそこに腰掛けているその場所に私もいました。小学校の時にはなかった制服を着てすこし大人になったような気持ちがあり、大きな期待と同じくらいの不安な心持ちで緊張しておりました。皆さんも同じだと思います。
 中学校生活は、まずその制服と共にあります。皆さんはこれから毎日制服を着て登校し、下校します。ご近所の人々、通学路で出会う人々、そうやって出会う人みんなが皆さんを○○○中学校の生徒、と認識します。制服を着ることにより、自分の所属が明確になります。それはおのずから○○○中学校の生徒だという「自覚」を持ちます。またその「自覚」は「責任」ということばに置き換えられます。そして「責任」を持つことが大人への始まりになると思うのです。いま新入生の皆さんは真新しい制服に身を包み、大人への第一歩を踏み出しました。今ここに参列している二年生、三年生始め、卒業した諸先輩方を手本にしながら、本校の一員として責任を果たしていくことになります。皆さんは今後、○○○中学校の生徒としての責任を果たしてください。
 たいへんなことを申し上げたようですが、それはそれほど難しいことではありません。まずは挨拶から始めましょう。おはようございます。こんにちは。さようなら。です。挨拶は人と人との重要なコミュニケーションの手段です。挨拶をすれば仲間になります。挨拶をすればそれだけで分かり合えます。挨拶をすれば周囲から認められます。ぜひ、挨拶を行なってください。
 最後に、中学校生活は小学校に比べるとその半分、たった三年間しかありません。その短い三年間にさまざまなことに興味と関心を持ち、挑戦しましょう。何ごとも好奇心を持つことです。なぜだろう?なんだろう?という疑問を持つことがすべての始まりです。
 ○○○中学校は、そういう皆さんの期待に応えられるだけの立派な先生方や主事さんが揃っています。保護者の皆さんにおかれましても信頼してお子さんを本校に預けていだたきたいと思います。
 いまさら云うまでもありませんが、子供の育成は学校のみでなされるものではありません。家庭・地域、そして学校の連携によって行われるものであります。PTA活動もそのように地域教育の一環として、皆さまの連携によって進めてまいりたいと考えておりますので、ご協力をお願いします。
 以上、入学式にあたり、PTAを代表して挨拶といたします。本日は誠におめでとうございます。


 会長祝辞の後は、在校生歓迎のことば。新入生誓いのことば。在校生も新入生も立派なスピーチだ。続いて教職員の紹介。そして来賓の紹介。真っ先にまたそれがしが呼ばれ、「はい。本日はおめでとうございます。」とあらためて云う。次々に紹介が続き、それぞれ「おめでとうございます」。その後、ようやく新入生退場。そして来賓退場。校長室の隣にある相談室で来賓の方々の接待。寿司が出ている。来賓の中でも馴染みの人たちが残ってその寿司をつまむ。来賓のみなさんから「いい祝辞だったよ」と云われる。お世辞だろうが、それでも嬉しい。一方、体育館では、新入生の保護者のみなさんに対して学校側によるガイダンス、説明会が行われている。来賓のみなさんがお帰りになった後、それがしも体育館で他役員に合流した。全体説明会の後、クラス別に分かれて、副会長以下のPTA役員が主導して新入生の保護者のみなさんの係決めをする。すぐに決まるクラスとなかなか決まらないクラス。行事はみんなの努力によりひとつひとつ消化していき、いよいよ最終段階の写真撮り。PTA役員一同写真と校長、副校長、会長の三役写真。準備室に戻り、やれやれとどっかり椅子に腰掛け、簡単に今後の日程の調整をしたりなんだかんだ。副会長や会計さん、庶務さんは忙しそうにしているが、会長はもう何もない。みんなの仕事ぶりを観察している。このチームは事務能力が高いぞ。素晴らしい。
 ようやくすべて解放されたのは、午後二時。帰宅後遅い昼食。爽やかな開放感。
 在校生の倅が夕方帰宅。ボロクソにけなされる。声は裏返っているし(自分でも気がついていたよ)、無意味な沈黙があるし(暗唱していた原稿が頭の中で消し飛んでしまったのさ)、よく噛んだし(台詞を間違えるんだね。緊張してて)、全然ダメ。と云い放たれた。わかっちゃいるけど、とても悲しい。
 夜、恩師にお礼の手紙を書く。ダメだったけど、頑張りましたよ。先生。ありがとうございました。という内容。
 長い一日が終わった。