「藪原検校」

 「藪原検校」 世田谷パブリックシアター三軒茶屋) 19:00〜
 圧倒的なせりふの量。歌あり、踊りあり、劇中劇あり、ギターの生演奏あり、狂言回しあり。3人だけがずっと同じ役でほかはいろいろな役を演じるのもおもしろい。人がいないので違う役を演じざるを得ないのではなく、わざと同じ役者を別の役で舞台に立たせる、という演出上の配慮が最初から脚本にあるようだ。主役の杉の市に扮する野村萬斎さんがとにかく素晴らしい。あの口跡のよさは井上芝居向きなのだ。江戸時代を描く芝居だからその所作も注目していたが、まったくぎこちなさがない。自然な流れで逆に感心した。早物語を語る処は萬斎さんでなければああはできない。完成度が高い。ひとつだけ欲を云えば、萬斎杉の市には、悪党さがすこし足りない。故郷で母を刺し、矢切の渡しで老人を刺す。そこまでは、いい。しかしその後、お市がふたたび現れるあたりから主殺しの場面、そして捕まるまでの悪に徹する、あの憎々しい悪党ぶり、悪党に徹する悪党の性根がすこし足りない。それがとても残念だ。
 狂言回し役で舞台に出ずっぱりの浅野和之さん。いつも舞台の袖で演奏していたギターの人。このふたりがとてつもなくよかった。殺しの場面の演奏は鳥肌ものだ。井上芝居では役者はせりふを正確に発音して客席に伝えなければならない。それが一番大切なことだ。せりふこそが井上芝居の神髄と云っても過言ではない。その意味で浅野さんは狂言回しの盲太夫役にうってつけだ。そして小日向文世さん。大河での源為義役。お疲れさまでした。彼の舞台を初めて観たが、噂通りに凄かった。父親七兵衛と塙保己一を同じ小日向さんが演じている。まったく違う人物像を演じ分けるのはどういう気分なのだろう。こちらはそれを見られる幸せを噛み締めた。
 芝居のテーマはなんだろう? 障害者への差別に対する風刺と拝金主義への警告。差別に対しても金儲け主義に対しても、この芝居では肯定も否定もしていない。ようにみえる。そういうことを考える材料をふんだんに出してみせて、そして観る側の判断に任せている。差別されることを踏み台にお金のために悪事を重ねる杉の市が捕まって殺されるという設定は、やはり差別と拝金主義を否定しているのだろう。人類がいつの時代でも抱えている問題をああすっきりとわかりやすくおもしろい芝居に仕立ててしまう戯作者井上ひさしにあらためて大きな敬意を表したい。日本は彼を持っていて幸せである。