「叔母との旅」

 「叔母との旅」青山円形劇場 08/15 15:00〜 段田安則浅野和之高橋克実鈴木浩介
 ぐるりと360度観客が腰掛けている円形の劇場。舞台上には何もない。男性4名が背広にネクタイをして大きな四角いスーツケースを持って四方からそれぞれ登場。芝居が始まる。
 ひとりの登場人物をこの4名がそれぞれ演じる。ひとつの台詞を4名で渡り台詞のようにして云う。4名の登場人物ではない。ひとりの登場人物の台詞を舞台の4名が割って喋る。それでいてばらばらにならない。ストレートに流れるようにひとりが喋っているように聞こえる。でも4名が順々に喋っている。流れているのに分断されている。そのおかしさ。不思議さ。役者の力量が優れているから自然にみえるし、でも違う人が演じているので、別のものになっている。最初から舞台に引き込まれていく。衣装は背広とネクタイ。道具はスーツケースだけ。スーツケースが椅子にもなり、仕切りにもなり、そして本来のスーツケースにもなる。
 イギリスの田舎から大陸へ。そしてオリエント急行イスタンブールへと旅をする。主人公のヘンリーが元銀行員の真面目と退屈だけの男から叔母のオーガスタの影響を受け、少しずつ変化していく過程がおもしろい。
 グレアム・グリーンの普通の小説を男性4名による舞台に戯曲化してしまう。原作が読みたい。読んでからこの芝居を観たかった。
 主人公で語り手、狂言回しのヘンリーは、この4名がくるくる変わりそれぞれ演じる。しかしそれ以外の登場人物は叔母のオーガスタ(段田安則)、叔母の恋人のワーズワース高橋克実)、車中の連れのトゥーリィ(浅野和之)など、固定しているのがおもしろい。そして男も女も大きいのも小さいのも老人も若いのもすべてネクタイ姿で演じているのに、それぞれそれらしく演じ分けるのだ。若い女を演じていると思ったら、次の瞬間、主人公のヘンリーを演じている。所作も顔つきもぱっと変化する。
 幕間のあと、舞台は南米パラグアイに移る。衣装は派手めの開襟シャツと上着。いかがわしく大雑把なイメージを演出する。前の幕では勤勉で実直なイギリス人のイメージだったから、そのアングロ=サクソンとラテンの対照もおもしろい。
 ヘンリーにとってこの叔母との旅は自分探しの旅でもあった。分別盛りの、もはや若くはない年齢に達し、彼はようやく自分を見つめ直す。自分は誰で、何が幸せなのか。
 観客の想像力を最大限に刺激しながら、物語を進める。これぞ演劇。演劇の神髄を感じた。
 膨大な台詞を覚えなければならないし、めまぐるしく替わる役柄で混乱してしまうだろうし、役によって仕草・所作も変えなければならないし、役者はとてもたいへんだと思うが、演じられれば、演じれば、さぞ気持ちよかろう。
 カーテンコールの後、鳴り止まない拍手に、衣装を脱ぎかけた彼らは、三たび舞台に上がり、気持ちよさそうに円形の舞台を一回りして、中央で4人手をつないで、飛び上がった。とても幸せそうだった。観客の我々もしばし幸せな気分になった。生の舞台を観る醍醐味なのである。