前へ! 東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録

 この大震災において、救助、救命、復旧にあたった人たち。その多くは政府の機関に属した公務員たちであった。中でも震災当初から、自衛隊、警察、消防の活躍はマスコミを通して多くの日本人の記憶に残っている。そしてこれらの職業をめざす若者たちが急増し、昨年あたりから採用試験の競争率もより激しくなったと聞く。
 しかしながら、今回の震災後、なかなか報道されずに、したがって国民が知る処とならない仕事もたくさんある。
 原発事故の最前線にいた人々について、我々はあまり知らない。それから地震津波でめちゃくちゃになった道路を復旧していく仕事をしていた人はどんなひとだったか、あまり知らない。また、全国から集まった医療チームを見事に捌き、各被災地に派遣していった部隊があったことを我々は知らない。
 今月は、この震災でこのような仕事をした人たちを追ったドキュメンタリーを紹介する。

 『前へ! 東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』
  (麻生 幾 著)(新潮社)(2011.8.10)

前へ!―東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録

前へ!―東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録

 三章仕立ての書籍。
 第一章は、福島原発メルトダウンを止めようとした人々。自衛隊の面々である。彼らはまさに見えない敵と戦っていた。飛散する放射能を浴びながら、その放射能の飛散を食い止めようと努力している。
 原発事故を考える時、いつも感じるのは、歯がゆさである。“なぜ、もっと安全策を講じなかったのだろう?”から始まり、そして最後は、“結局、日本はどうなるのだろう?”という問いかけをして終わる。どのような質問を投げかけようが、けっして満足な回答はない。本書の原発事故対応のこの記事を読んでも同じなのだ。現場は頑張っている。なのに後方で命令する人たちのチグハグな対応。政府、東電の意思の疎通の悪さ。責任のなすりつけ合い。我々はそれをよく知っていながら、やはり今回も同じような、いらつきを感じるのだ。
 一方、現場では破壊された原子炉の前に立ち、放水をする。その勇気と献身に頭がさがる。我々はそういう仕事を自衛隊が行った、ということは知っている。しかしでは具体的に、自衛隊のどんな部署のどんな人たちがどんな風にその困難な仕事に立ち向かっていたのかは、よく知らなかった。彼らは放射能と戦い、瓦礫と戦い、そして無理解な後方と戦っていた。困難な問題をよく克服し、制御して被害をこの程度に抑えた。まさにヒーローである。
 第二章は、道路を開く話。主役は国土交通省東北地方整備局。地味な部署だ。国土交通省東北地方整備局が中心となって、瓦礫に埋まってしまった道路を復旧させた、ということを我々国民は、あまり知らない。そして当たり前のことだが、道路を復旧させなければ、救助救援ができない。時間との戦いでもあるのだ。埋まってしまった道路を開くことをこの方面の人々は「啓開」という。「復旧」ではなく、「啓開」である。本書にもその説明はあるが、「復旧」はもとに戻すことである。事故前の状態に回復させることだ。しかし「啓開」は、とにかく車両が通れるようにすること、である。緊急車両さえ通すことが出来れば、救助隊と救援隊を送ることができる。きれいな道をつくらなくてもいい。がたがた道でもいい。もとあった同じ場所に同じ道路を通さなくてもいい。場合によっては迂回路をつくってしまってもいいのだ。助けだすために道を啓く。それが「啓開」である。現場の状況をみて、何がどれだけ必要かを瞬時に弾き出さなくてはならない。そしての道具と人材を調達しなければならない。被災地の現場では機材もガソリンも人手も何もかも足りない中で、あらゆる判断をして全国から物と人をかき集めて、それを上手に配分する。それこそ役人の仕事であり、彼らはその使命をまっとうした。国土交通省の地方整備局は巨大な組織であり、巨額の予算を持ち、大きな利権を手にする機会も多い、と聞いている。余計な公共事業ばかりを推進している機関という認識なのだ。役人に対する負のイメージの最たる機関とみなされている。こういう形で知らない仕事を紹介するのは、啓蒙活動としていい。
 第三章は、内閣危機管理センターと自衛隊、警視庁機動隊、そして災害派遣医療チームの話。
 大災害のたびに、対策が後手にまわり批判されてきた内閣危機管理センター。しかし今回の災害ではすこしちがったようだ。
 物語は地震が発生した時から始まる。まだ揺れが続いているにも関わらず、内閣危機管理センターの面々は事務所のある赤坂から首相官邸まで走った。各省庁の担当者も続々とセンターに到着する。そして東北地方から悲痛な情報がどんどん入る。防衛省自衛隊史上最大規模の動員を掛ける。警察庁も警視庁機動隊にまっさきに現場へ行くように指示した。ひとつのストーリーを手に汗握る展開で一気に読ませる。
 内閣危機管理センターは結局、福島第一原発対策に忙殺されてしまうのだ。原子炉のメルトダウンを阻止する決死隊の編成と彼らへの指示。そして周辺住民の避難誘導。史上最大の人口を短期間に移動させなければならない仕事はどれだけの困難がつきまとうのか。徒労感と焦燥感に覆われた危機管理センター。不眠不休で倒れそうな現場。悲惨な状況をつくっている。
 もうひとつ忘れてならないのは、災害派遣医療チームの物語。これだけで一冊の本になる。本書では取ってつけた感がしなくもないが、きっちり正確な筆運びで彼らの活躍を描いている。
 彼らは皆、前へ進んでいった。危険を顧みず、自分を犠牲にして。
 どの仕事も人材なのだ、ということがわかる。適材適所である。人材こそ日本国の強みと云える。読者にそう思わせたなら、本書は成功した本、と云えるのではないだろうか。

 ひとつ気になることは、すべて肯定的だということ。人の活躍がほぼ報われている。結果は成功。否定的なことはあまり本書には載っていない。強いて云えば原発事故処理が、失敗事例なのだろうが、あの悲劇は失敗事例と云って済む問題ではない。