「三婆」水谷八重子、波野久里子、沢田雅美

 日時:平成25年12月21日(土) 11:30〜
 場所:新橋演舞場

 大きな劇場での観劇は、それなりの作法というか、芝居を観るための準備が必要です。
 まず、開演時間ぎりぎりの入場はいけません。芝居は劇場へ至るアプローチからすでに始まっています。余裕をもって劇場に入ることが肝心です。幕が開く前にロビーの雰囲気を楽しみ、売店やみやげ物屋を見て廻る行為は至福のひとときです。そうやって芝居を観るためのエネルギーを蓄積していると云ってもいいかもしれません。観劇は座席に腰掛けて観ているだけで、エネルギーを費やさない行為だと考えていたらそれは大間違いです。演じている役者が放つエネルギーを受け取るためにはこちらもかなりの体力を消耗することを覚悟しなければなりません。いい芝居とは、観終わった後に体力をすっかりすり減らしてしまう芝居のことだと思っています。そのためには自分自身を早くその場に馴染ませなければなりません。準備運動というべきものでしょうか。だから上演前には早めの入場が絶対に必要なのです。休日の昼の部。まさに観劇にはうってつけの日程でした。


 この『三婆』は重厚なキャリアのある女優が三人揃わないとできない芝居だと思います。また、コメディチックな芸達者の男優もひとりいないと上演は難しいでしょう。50年も前から繰り返し映画で上映され、舞台で上演されている、古典と云っていい芝居だと思います。今の演劇界でこの芝居をしっかり上演できるのは、新派をおいて他には難しいかもしれません。水谷八重子、波野久里子の新派二枚看板に沢田雅美笹野高史沢田雅美さんをみるのは何年ぶりでしょう。沢田さんは終演後のカーテンコールでも云っていました。“19歳の時から良重姉さんと久里子姉さんと共演させていただき、時は巡ってこのたびは同じ三婆になりました。”……彼女の若いときから知っているこの身にはそのことばを聞いて感慨深いものがありました。そして男優・笹野高史さんをみない日はないくらいに、彼はいろいろなメディアに引っ張りだこの超売れっ子ですね。なぜ笹野さんがもてもてなのか、この舞台を観てあらためてよくわかりました。器用。一言で云うとそれでしょう。観客の望んでいることを理解して、ある時は自分を殺して相手を引き立て、またある時はケレン味を出して派手に目立ちます。観客は彼が出てくるだけで、なにをしてくれるんだろう、とわくわくして舞台を注視します。
 また役者さんが纏っている衣装にしても舞台にある道具にしても、その意匠や雰囲気に裏方さんの心意気が感じられ、また幕間の舞台セット替えの段取りの良さに歴史と伝統を感じます。
 新橋演舞場は、歌舞伎座建て替えの時には何度か通った馴染みのある劇場です。でも私自身、歌舞伎はたびたび観ていますが、新派を劇場で観るのははじめての経験でした。水谷八重子さんや波乃久里子さんの芸はいまや往年の杉村春子山田五十鈴に迫っていると思いました。せりふの云い廻しといい間のとり方といい相手に合わせる芝居といい素晴らしかったです。
 芝居は役者だけでなく、演出や音楽、衣装大道具小道具など、裏方の仕事も含めた総合的な一大エンターテイメントである、ということを再確認しました。みんなそれぞれが万全な仕事をして、全員の息がぴったりと合った時に私たち観客は大きな拍手を持ってそれに報いることが大切だと思います。