『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』

 さて、今月は仲代達矢に登場してもらう。仲代達矢のイメージはどんな感じなのだろう?執筆子の想いは「演じる」ということ、その一点に集中している俳優。というイメージがある。映画もテレビも舞台でも演じ切る。ほかのことはやらない。俳優が監督をしたり、あるいは、俳優がテレビのバラエティー番組に出演したり、俳優が歌手としてコンサートをしたり、俳優業以外のことを兼ねている俳優が多い中、彼は愚直に俳優だけで生き続けている。
 その仲代達矢が若い研究者の取材を受け、大いに語った。

 『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』(春日太一 著)(PHP新書)(2013.2.1)


 1977年生まれの春日太一という若い映画史・時代劇研究家が1932年生まれの仲代達矢に全10回合計15時間、仲代達矢が主宰する無名塾の稽古場で話を聞き、それをまとめたものが本書である。
役者になるまでのことを簡単に触れ、それから俳優座養成所に入って、舞台を踏み、映画デビューする。本書は、舞台俳優としての仲代をほとんど扱っていない。あくまでも映画俳優としての仲代にスポットライトを当てている。仲代が組んだ巨匠と呼ばれるにふさわしい日本映画黄金期の監督たち。一緒に仕事をした彼ら監督ごとに章立てされている。
映画は監督のもの。監督次第で映画はどうにでも変わる。仲代はそれをわきまえている。役者の分の枠内から外へ出ない。そして仲代はたくさんの監督の作品に出演し続け、さまざまな役柄を演じていく。仲代には、この人はこれ、という代表的な役柄で象徴させることはできないのだ。渥美清の車寅次郎のように。それはある意味、日本人の俳優的ではない。日本の俳優は男優でも女優でも、同じような役柄を演じることが多い。仲代はそうではない。仲代の代表作は何か、と問われれば、おそらく意見が分かれる。『人間の條件』(小林正樹監督作品)の梶か。『大菩薩峠』(岡本喜八監督)の机竜之介か。『永遠の人』(木下恵介監督)の小清水平兵衛か。『影武者』(黒澤明監督)の武田信玄とその影武者か。
 本当にさまざまな役を演じている。仲代はそんなさまざまな役をやることに対する自分の意見を本書において次のように開陳している。
 「前にやったのと同じような役をやるのは避けたかったんですよ。・・・・・「外国の役者はどうして作品によって変わっていくんだろう」ということをいつも考えていました。そこへいくと日本の役者は、一つ当たるとずーっと同じようなイメージの役をやる。やっぱり作品によって変わっていったほうが面白いだろうなって、なんか無意識の中にあったんですよ」・・・その思いがさまざまな役に扮してきた仲代の中にはあるわけだ。だから我々は仲代の出演しているいろいろな映画を今でも新鮮に楽しめるのであろう。仲代は出ている映画、どれひとつとして似たような造形の役柄はないのだから。
 本書は役者による演技論でもある。「虚」と「実」が混じり合った処に俳優の商売は成り立っている、と云う。日常リアリズムの「実」の芝居だけではダメで、「虚」の部分が観客を引きつける、と仲代は云う。小林正樹監督作品の『切腹』では実際に自分のふだん使っていない一番低い声で発声していたという。それはこの仲代扮する津雲半四郎という侍が戦場をくぐり抜けてきた中年男という設定であり、その雰囲気を出すためにあえてロー・トーンを使った、と云っている。それが演技における「虚」の部分なのだろう。仲代は云う。俳優は楽器と同じだ、と。
 仲代は嘆いている。時代劇が危ないと。わかっているスタッフがどんどんいなくなっている。侍の歩き方、刀の抜き方、役によってカツラの違い、そういうことがみんなわからなくなっている。映画界における徒弟制度が崩壊している。人材育成のシステムが破壊されている、ということだろう。今は効率が第一であり、だから人を育てる余裕がない。昔は俳優も単に人気があればそれだけで出演させよう、とは考えなかった、という。うまくなければ監督たちに使ってもらえない。あらゆる名優はすべて自分の型を持っていた。今は、演技の基礎ができていない。と仲代は嘆く。役者が観客に伝達できる力が失われている。芝居の基礎的なことに対する意識のハードルが低い。・・・とまあ、現在の映画界、演劇界に対して辛口の批評が続く。昔はよかった、的な老人の呟きにも聞こえなくもないが、そこは、やはりそう喋っているのは、仲代達矢なのだ。誰にも文句はつけられない。
 最後に、仲代自身が「おわりに」でこう書いている。読者諸兄は、それをどう読むか。
 「映画がこの世に生まれて百年あまり、・・・(中略)・・・この一世紀間に、われわれの文化は凄まじい変貌を見せたわけだが、忘れてならないのは、百年くらいで人間の心はそう変わらないということである。」
 映画人、仲代達矢の軌跡と決意が読み取れる。
 いまもむかしも映画を作り、演技をし、そして映画を楽しむ、そういう行為は変わらないものだ。

仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)

仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)