『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』

 今月は震災関連の本を紹介したい。日本製紙石巻工場は、あの、3.11で大きく被災した。それから見事に復活するまでの従業員たちの熱い戦いを描いたノンフィクションが発行された。
 この製紙工場は、まさに日本一の規模を誇る工場だった。そしてこの工場が津波によって工場の全機能が失われたとき、それが日本においてどういうことを意味しているか、その時はわからなかった。ある出版社では、津波から2ヶ月ほど経って、いままで使用していた単行本の紙の在庫がまもなく尽きるから、以後の増刷分は別の紙にする、ということが決まった。さらに当初部数は3,000部で決まっていたが、それを2,000部に下方修正した。なぜか?それは、日本製紙石巻工場が被災して、そこからの紙の供給が途絶えたから、だと云う。その出版社が発行する単行本の紙は日本製紙石巻工場で作っていなかったが、日本製紙石巻工場の操業が止まったことによって、全世界的に紙の不足が発生し需給バランスが崩れたからだ、と云う。紙の種類も変え、印刷部数も減らさないとこの出版社は本が発行できなくなってしまったわけだ。“サプライチェーン”ということばを初めて耳にしたのもこの頃だった。東北地方の太平洋岸が大きく被災したことにより、チェーンのように繋がっていた供給のための流れが途切れ、いろいろな製品が一時的に品薄状態になったことはよく覚えている。

『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(佐々涼子 著)
早川書房)(2014)


 その肝心要の日本一の製紙工場である、日本製紙石巻工場が被災してから復活を遂げるまでの物語である。
 またまた、長文タイトル。表紙も半分がタイトルで埋まっている。タイトルからは震災によって工場が操業不能に追い込まれた、というそもそもの原因が書かれていないので、知らない人には、「再生」という文言からビジネス書かと思うかもしれない。経営が危機的な状況からリストラか何かで見事に立ち直った工場の話かと思ってしまう人がいてもそれは無理もない。しかし、日本製紙石巻工場がダウンしたことによって紙が足らなくなった、という事実を知っている人は、この本にはどんなことが書かれているか、ということが想像でき、そして本書に飛びつくはずだ。かくいう執筆子もそのひとり。一日で一気に読んでしまった。
 工場は海と川に面しているので、津波にはひとたまりもなかった。あっという間にすべての抄紙機が塩水と汚泥にまみれてしまった。被災直後の映像で巨大な紙のロールがごろごろ転がっている状況をみた人は多いと思う。あの状況からたった半年間で操業再開を可能にした。従業員が一丸となって再開に向けて努力をしている。東京の本社と石巻工場との地理的距離が時に対立を生む。そんな対立も結果的には雨降って地固まる、のことわざを地でいくような過程を経て、半年後の工場再開を万々歳で迎えるのである。
 東京本社の社長や営業部長、そして石巻工場の工場長、総務部長、総務課長、各抄紙機のリーダー、メンバー、原料のパルプを調整する担当者、電気系統担当者、ボイラー担当者、検査担当者など、製紙会社にまつわる様々な職種の人たちが実名で登場し、それぞれの持場の中で最善を尽くしている。その姿は勤勉性や思いやりといった日本人の最も素晴らしい特質を遺憾なく発揮している。まさにいい話なのだ。
 工場の稼働再開とは直接関係ないが、精神的なシンボルとして、本書には日本製紙石巻工場の野球チームが登場する。工場の再開に向けて従業員たちが頑張っているその時に、野球部は都市対抗野球の予選を勝ち抜き、そして東京ドームでの本戦出場切符を勝ち取った。士気高揚という意味ではこれ以上ない素晴らしい出来事である。
 本書には、直接的に工場の再建とは関係のない、震災後にまつわる出来事に一章が割かれている。被災後の石巻市内での狼藉について、ひとりの居酒屋店主の目を通して描かれている。遺体から指輪など貴金属を抜き取られる話、人がいなくなった家屋に押し入る強盗や保険金詐欺。負の部分に光を当てた記述であるが、どれも直接、日本製紙石巻工場に関係する話ではない。この手のひどい話は、被災地に行けばたくさん耳にする。強盗や略奪の話題で一冊の本が書けるほどだ。なぜ、本書に加えたのかは不明である。とても興味深い話なのだが、本書には必要なかったと思っている。
 ひとりひとりの力をフルに出し切り、壊滅的状況からわずか半年で一台目の抄紙機を稼働させた、その頑張りに大きな拍手を贈る。しかしながら、再稼働にこぎつけた2011年10月には、日本製紙は1200人の大幅リストラを断行し、生産規模を縮小している。石巻工場の代わりに大手出版社依頼の文庫本用紙を造った富士工場は、このリストラで閉鎖が決まった。この人員整理については本書には記載がない。しかし、ここでは再稼働に向けて、美談ばかりではないことを一応つけ加えておく。
 本書には、奥付のひとつ前のページに使用用紙が記載されている。本文紙、口絵紙、カバー紙、帯紙。すべて日本製紙製の紙であり、特に本文紙と口絵紙は本作品の中心となっている半年で再稼働した8号抄紙機で造られている、ということがしっかり明記されている。本書のすべてを読み終えた読者は、このページに目を留めて、再度深く感動するのである。まったく心憎い演出なのだ。