「蜩ノ記」

 「蜩の記」ではなく、「蜩ノ記」。主人公戸田秋谷の日記のタイトルが映画のタイトルになっている。もともとの原作のタイトルも同じ。昔は助詞はカタカナで表記している。
 潔い生き方。きれいな生き方。誰にも恥じることのない生き方。・・・そんな生き方をしている人々がいる。
 最終的に切腹をしなくてはいけない主人公の物語なのだが、観終わって生きる力が沸々と湧いてくるのだ。男は死してもなお、人々の心に中に生き続けるのである。

 本作品の監督は、小泉堯史。日本映画において、監督名で観せることができる数少ない映画監督だ。黒澤明監督の最後の愛弟子。として黒澤最後の脚本である「雨あがる」を監督した。黒澤は自分で脚本を書いたものしか監督していない。
 本作「蜩ノ記」も監督である小泉が脚本を書いている。黒澤映画の特徴は登場人物たちが、いきいきと表現されているところにある。最近の言葉で云えば、“キャラが立っている”ということだろう。「羅生門」「生きる」「七人の侍」「用心棒」「赤ひげ」「影武者」「乱」等々、黒澤映画の特徴は溢れかえる生命力のある登場人物にあるのだ。そしてこの「蜩の記」もその系譜を引き継ぎ、登場人物はみな、生き生きと描かれている。キャラが立っている。
 黒澤監督のもう一つの特徴は師弟関係を描くことが得意である、ということだ。老成しつつある大きな存在と若々しい小さな存在。そしてその小さな存在が大きく成長していく。「赤ひげ」の新出去定(三船敏郎)と保本登(加山雄三)が一番いい例だろう。
 本作品もこの系譜を見事に引き継いでいる、戸田秋谷(役所広司)が自分の生きる上で大切にしていることを身をもって若い檀野庄三郎(岡田准一)に伝授する物語なのだ。
 映画の中で人々が生活しているという姿がまっとうに描かれているのだ。百姓は百姓のように、侍は侍らしく。薄汚く悪い侍はそのように。そして悪徳商人と結託して民百姓を痛めつけていた家老は戸田秋谷によって目を覚ます。人間の良心を信じている物語構成になっている。
 何度も云うが観終わって、すがすがしい気分になる。映画はこうでなければいけない。

蜩ノ記
2014 「蜩ノ記」制作委員会
監督:小泉堯史
戸田秋谷:役所広司
檀野庄三郎:岡田准一
戸田薫:堀北真希
戸田織江:原田美枝子