『牛と土 福島、3・11その後。』

 4年と4ヶ月前に巨大地震とその後の大津波によって、福島第一原発があのような事故を起こし、政府は発電所の周辺を警戒区域とか計画的避難区域とか緊急避難準備区域とかに分類し、人間の立ち入りを厳しく制限した。放射線量が高いためである。特に警戒区域には、絶対に人間は勝手に入れないようにした。しかし、その警戒区域は実は日本有数の酪農地帯であったわけで、人間は避難できても、巨大家畜である牛は避難させることは非常な困難を伴い、それがために酪農家たちは泣く泣く畜牛を諦め、政府が命じた殺処分に同意した。しかし、その殺処分に異議を唱え政府の命令に反旗を翻し、放射線に汚染された土地で牛を飼う人々がいる。

『牛と土 福島、3・11その後。』(眞並恭介 著)(集英社)(2015.3.10)

牛と土 福島、3.11その後。

牛と土 福島、3.11その後。

 本書は、福島第一原発の事故によって、人が住んではいけない土地で生き続ける牛について書かれている。事故後、牛たちは幾とおりかの運命を辿った。牛舎に繋がれたまま餓死した牛。人間(主に飼い主)によって縄を解かれ放たれた牛。そして汚染されていると承知の上でそのまま人間の世話を受け続けている牛。
 餓死した牛たちは季節が冬から春になり腐って猛烈な悪臭を放つ。虫や鳥や獣たちの格好の食糧になり、結局は骨を残しすべてなくなってしまう。
 放たれた牛たちは、2通りの運命を辿ることになる。ひとつの運命は、人間によって捕獲され、殺処分。もうひとつの運命は、こちらも人間によって捕獲されるが、人間によって飼い続けられる。

 殺処分。なんとも味気ない行政用語である。食用牛も殺されるのは同じだから、殺処分に関して人間が感情を持つのはおかしい、という意見がある。それは畜産(=家畜とともに生きる)を知らない人の理屈でしかない。殺処分はその存在を否定することになる。たとえ生後30ヶ月で殺され食用になる牛でも、食用になる、という目的のもとにその30ヶ月を人間とともに生き抜く。殺された牛は食用としてまっとうな牛としての生命を終える。殺処分された牛に、殺された後の価値はない。

 政府は被曝地に生息する家畜の殺処分を命じた。これを受けて繁殖力が強く、猪と交配してしまうおそれのある豚はすぐに殺処分になった。もう一方の家畜である牛も殺処分が命じられるが、牛を飼育していた畜産農家としては、命令どおりに牛を殺した農家もあるが、他方でその命令に反して牛を飼い続けた農家もあった。
 放たれた牛たちは、政府に依頼された業者に捕まれば殺処分となり、汚染地で牛を飼い続ける畜産家の保護を受ければ、柵の中で飼われることになる。
 人間によって被曝地で飼い続けられる牛。彼ら牛たちも生命なので、事故後も生存した牛たちの間で交配があり、事故後にその土地で生まれた牛も育っている。
 人間に飼われる牛。それは人間を助ける牛となっていく。

 本書は、福島第一原発警戒区域(後の帰還困難区域)で牛を飼い続ける人々を描く。彼らは皆、力強く生きている。
 なぜ、そこで牛を飼い続けるのか。・・・・・・それは彼らが牛飼いだからだ。売れない牛を飼う意味を自問自答する。しかし答えはやっぱり、「オレはべこ飼いだから」いう結論に達するのだ(べこ=牛)。
 原発の事故でこのようなことになった。なにも悪いことをしていないのに、町に住めなくなり、牛も飼えなくなり、そしていつ帰れるかわからないのだ。その無念さがエネルギーとなり、結果として被曝地で牛を飼い続けることが、政府と東電と世論にその無念さを訴えることになっている。それは強烈なメッセージだ。

 その被曝地で「希望の牧場」を運営している吉沢正巳さんという好漢がいる。彼のことばを引く。一時立ち入りの延長許可を求めてオフサイトセンターを訪問した時のこと。
 「・・・牛飼いとして、牛のことには責任を持つだけです。僕は、原発事故による警戒区域とはなんなのか、そこを取り仕切っているオフサイトセンターとは何かということを問おうと思っている。
 浪江町の人たちは町を追い出されて帰れない。・・・事故が起きたとき、浪江町には、国からも、東電からも、オフサイトセンターからも、事故に対してなんの連絡、伝達もなく、住民は津島に三日間避難して、そこで放射能をかぶってしまった。
 オフサイトセンターの責任は大きい。大熊町のオフサイトセンターは・・・さっさと自分たちが逃げてしまった。浪江町の避難している人のところには、連絡もよこさなかった。僕は一生問うよ。あんたたちは逃げた、腰抜け役所ですよ。それが今さら何を制限するというのか!・・・牛たちは生きた証人ですよ。再稼働に抗議をする生きたシンボルですよ!」
 この場面。吉沢さんがオフサイトセンターの担当者との遣り取りを記載してある、この部分がある意味、本書の核心になっていると思う。

 吉沢さんの牛は、生きたまま住む所を追われた生き物の生き証人であり、原発再稼働に抗議する生きたシンボルとなる運命になったが、同じように被曝地で生き続ける牛でもほかの目的を見つけて生き続ける牛もあった。それが、この地で「役牛」として生きる牛たちである。
 この場合の「役牛」とは、被曝による生きた実験材料となることである。被曝地で生き続けることは、その場の草木を食することに他ならず、汚染された草木を体内に取り込むことによって、大地がどう除染され、そして牛の体内に蓄積された放射線量はどう変化するかを観察する。牛のような巨大生物が放射能汚染の実験材料になることということは、まさに史上初のことであり、チェルノブイリでも行われなかったことで、学問的に有意義であるばかりでなく、今後の除染対策、帰還時期の判断などに多大な影響を及ぼすであろう、壮大な実験が行われているのである。しかしながら、政府は被曝地での牛の飼育に対しては黙認するのみで、この実験についてはまったく認めず、予算を投与していない。

 本書の題名『牛と土』とは、どういうことか。それは本書が呈示したことに対する結論であろう。牛と土は密接に結びついている。大地は生きている牛のために緑の絨毯を敷きつめてくれる。そして死んだ牛は、土へと還っていく。牛と土の循環。・・・そういうことだ。

 本書に関連して、ある絵本の存在を知った。
 『希望の牧場』(森絵都 著 吉田尚令 イラスト)(岩崎書店)(2014.9.10)
 この小節にも登場している、吉沢正巳さんの牧場をモデルにして描いた絵本である。絵本だから読みやすいが書かれていることは重い。考えることがたくさんある絵本だ。諸姉諸兄においてはご一読を薦める。