『「憲法改正」の真実』

 本稿が読者諸氏諸兄のもとに届く頃には参議院選挙の結果がはっきりしており、今後の政治日程がある程度みえてきているのだろう。果たして憲法改正の動議を出せる勢力は誕生したのだろうか?
 現在の政権がどうしてあれほど高支持率を維持していられるのか?・・・それが不思議でならない。公約違反をしているし、働く人々の側に立った政策を打ち立てているとは、全く思えないし、さらに与党および閣内の人々による傲慢で不遜な発言が目立つし、そしてなによりもはっきり憲法違反をしているのに。
 拍手を送り支持している理由は何?・・・明瞭な言葉で話すから? どこかのだれかや他国をわかりやすい言葉で攻撃するから? 美しい日本、家族、伝統、和などの言葉を使うから?・・・。
 憲法違反の法規を成立させた現政権は、明確に憲法改正を公約として謳っている。
 自民党憲法改正草案を読みながら、この草案のどこが危険なのかを解説してくれる本が手軽な新書版で発行されている。

『「憲法改正」の真実』(樋口陽一小林節 著)(2016年)(集英社)(集英社新書

 著者のおふたりは、高名な憲法学者。樋口先生は、護憲派の泰斗にして憲法学会の最高権威。そして小林先生は、改憲派の重鎮。・・・というのが出版社の紹介文である。昨年の6月4日の衆議院憲法審査会の参考人として小林先生を含む三人の憲法学者が揃って、政府与党が出した安全保障法案を「違憲」と表明し、一気に世論が沸騰し大規模な反対運動が起こったことは記憶に新しい。

 自民党憲法改正草案は、「これでは、国家の根幹が破壊され、日本は先進国の資格を失う」と、ふたりに云わしめた代物だ。それを本書がわかりやすく説明している。

 本書の中でふたりが繰り返し述べているのは、「憲法は国民を縛るものではない。国家権力を管理するための最高法規である」・・・ということである。
 法律と憲法の違いについて以下の文章はとてもわかりやすい。
 「法律は国家の意思として国民の活動を制約するものです。しかしながら、憲法だけは違います。国民が権力に対して、その力を縛るものが憲法です。憲法を守る義務は権力の側に課され、国民は権力者に憲法を守らせる側なのです」
 法律は国民を縛り、憲法は権力者を縛る。この大原則を自民党の草案は簡単にぶち壊している、という。自民党草案は、国民にも憲法擁護の義務を課した。彼ら(自民党草案を作った人々)は、なぜ政治家を含む公務員(権力者側)だけが憲法を守らなければならないかがわかっていないらしい。
 自民党草案の前文を一部紹介してみよう。
 「・・・日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。」
 ・・・ご覧のように、「和を尊び」「家族や社会全体が互いに助けあって」「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」など憲法に相応しくないような文言が目に入る。
 この前文だけでも、樋口・小林両先生は、「お粗末な憲法改正草案は、自民党議員たちのお粗末な憲法観、そして彼らが理想とする国家観をストレートに表している」と云い切っている。
 両先生は、他にも各条文において問題にしなければならない文言をひとつひとつ掲げて、どこが問題なのかを丁寧にわかりやすい言葉で読者に伝える。
 そして「権力に都合の悪いものを「日本的ではない」とレッテルを貼り、排除しようとしているにしか見えない」と手厳しく批判している。

 さらに、憲法の中で最も大切な基本的人権の尊重について、自民党草案は現状よりかなり後退した内容に驚く。第13条は現憲法が「個人」として尊重されているが、草案では「人」として尊重される、と云い替えられており、これはまさしく全体主義的傾向にあると断罪する。さらに現憲法は「公共の福祉」に反しない限り、という条件であるが、草案では「公益及び公の秩序」に反しない限り、と福祉という文言を削り、秩序という言葉を入れている。どう読んでも、草案は「秩序を保つということを上位の価値に置いている姿勢」であり、これを痛烈に非難する。

 さて、緊急事態条項である。草案には細かく緊急事態が発生した時に政府が行うことを規定している。この項目は現憲法にはないものだ。丁寧に草案の条文を読むと、緊急事態宣言(立法府の停止、予算審議なしの執行、地方自治体への指示力強化など)を発令した総理大臣は、緊急事態が収束した後も宣言をそのままにすれば、いつまでもこの状態を続けられることになってしまう。憲法の停止状態を恒久的に維持できてしまう。
 これが本当に日本の憲法になってしまうのだろうか。日本は近代国家という制度そのものを返上し、100年以上前の状態に戻るのであろうか。

 草案では、この緊急事態条項の次の条文で、憲法改正の要件(国会の2/3の賛成から過半数の賛成へと緩和)を記載し、そして最後の条文で憲法の尊重義務を国民にも課す。これは「国民に向かって「憲法に従え」と云うこの草案は、もはや近代憲法ではない」と断罪しているが、その断罪に100%賛成である。