『夢遊病者たち −第一次世界大戦はいかにして始まったか−』(2巻)

 先月に引き続き、『夢遊病者たち −第一次世界大戦はいかにして始まったか−』の下巻(2巻)を読む。2巻には事項索引と人名索引がついているから少しは読みやすかった。
 下巻は戦前のそれぞれ列強の動きを解説し、サライエヴォでのオーストリア皇太子夫妻の暗殺事件の様子を詳細にみて、その後宣戦布告までの1ヶ月間のヨーロッパの動きを丁寧に追う。

夢遊病者たち −第一次世界大戦はいかにして始まったか−』(2巻)
(クリストファー・クラーク 著)(小原 淳 訳)(みすず書房)(2017年1月25日発行)
『THE SLEEPWALKERS−How Europe Went to War in 1914』(Christopher Clark)(2012)

夢遊病者たち 2――第一次世界大戦はいかにして始まったか

夢遊病者たち 2――第一次世界大戦はいかにして始まったか

 2巻の各章は以下の通り。
第5章 バルカンの混迷
第6章 最後のチャンス−デタント(緊張緩和)と危機 1912〜14
第7章 サライェヴォの殺人
第8章 広がる輪
第9章 サンクトペテルブルグのフランス人
第10章 最後通牒
第11章 威嚇射撃
第12章 最期の日々

 我々日本人はあまり知られていないが、バルカン戦争という局地戦が1914年の第一次世界大戦の前に行われていた。バルカン戦争は2度行われている。最初の第一次バルカン戦争(1912.10−1913.05)はトルコ帝国から独立したブルガリアギリシャモンテネグロセルビアオスマントルコ帝国と戦争であり、第二次バルカン戦争(1913.06−1913.08)は第一次バルカン戦争でほとんど一人勝ちして領土を広げたブルガリアへの不満からギリシャモンテネグロセルビアブルガリアを攻めた戦争である。そして翌年勃発する第一次世界大戦は、いわば第三次バルカン戦争とも云える。つまり、今回はアドリア海に面したボスニア・ヘルツェゴビナオーストリア帝国保護領化した。このことが隣国のセルビアを大きく刺激した。セルビアは自国の領土を広げたいと願っていた。そこにロシアが登場する。ロシアという列強が登場することによって英仏という列強も加わり、さらに独伊が介入する。こうして役者が揃い、丁々発止の外交戦を戦わす。汎スラブ主義を標榜するセルビアはロシアを兄として慕い、是非にもオーストリアの横暴を食い止めてほしいと願う。オーストリアはロシアに対してトルコの両海峡の優先的な通行権を認める代わりにボスニア・ヘルツェゴビナ保護領をロシアに認めてもらうように交渉する。ロシア内部は親セルビアか親オーストリアのふたつに分かれて論争が始まる。結局、露独墺(ロシア・ドイツ・オーストリア)の三国は皇帝をいただき、彼に主権が存する19世紀的な君主国なのだ。したがって、同じ体制としてシンパシーを感じている人が多い。ロシアの野望はボスポラス・ダーダネルス両海峡を手に入れること。しかしこれにはロシア以外の国々がこぞって反対している。特にイギリスはロシアの南下を抑えることが国是であり、外交政策の基本なのだ。その両海峡を領土にしている黄昏のオスマントルコ帝国。かの国はこの両海峡の守備をドイツに任せようとした。ロシアで起こる大規模な反対運動。今にもロシアが攻めてくるという不安にさいなまれるトルコ。そしてもちろん両海峡をドイツにも渡したくないイギリス。一方でセルビアを海に出したくないオーストリアはそのためにボスニア・ヘルツェゴビナを自国の保護領としたのだ。しかしあまりにも周囲の軋轢が大きく自国だけではボスニア・ヘルツェゴビナを統治できないのがオーストリアの悩みの種だった。オーストリアはどうしてもドイツに援助を依頼したくなる。ドイツはイギリスとの海軍拡張競争をしており、積極的にはオーストリアの援助はしたくない。しかしやはり同じゲルマン民族の国同士、オーストリアを見放すことはできない。さて、フランスである。フランスの対外政策は対ドイツ包囲網を構築することにある。根強い反独意識がフランスの外交政策の基本だ。ドイツに不利益になることは何でもする。ドイツを挟んで東側のロシアと同盟を結ぶ(露仏協商)。ドイツの同盟国であるオーストリアに対抗するためにバルカン半島の小国に積極的に借款を施し投資する。この時期フランスの外交政策を決定していたポアンカレは、ロシアとの同盟を強化し、軍備を増強し、ドイツと徹底的に対立する道を選んだ。バルカン半島での対立を局地の対立にとどめたいのはイギリスであり、ドイツであるが、それを大きな対立にしたいのはフランスであった。バルカンにおけるオーストリアとロシアの対立を局地的なものに留めず、ドイツを引っ張り出し、ドイツに一撃を与えるのが、フランスの究極の目標になった。ドイツはロシアをフランスから遠ざけたい。皇帝が従兄弟同士なので、とてもよい友情がふたりにある。ニッキー(ニコライ?世)とウィリー(ヴィルヘルム?世)と呼び合っている。この皇帝同士の関係で両国関係を発展させたいと願っている一派があるが、一方ではそれぞれ相手の国に対する根強い不信感(対独不信と対露不信)があり、相手国の勢力を削ぐ方策を進める一派もある。それぞれの国で政権内の権力争いが起こる。そしてふたつの勢力の間で揺れる皇帝。ドイツでもロシアでも同じ様相を呈している。結局は皇帝の友情よりも帝国主義の力学が勝り、戦争になってしまうが。ドイツはフランスとことを構えたくないのか、フランスとの一戦も辞さず、ということなのか。バルカン半島ではオーストリアの後押しをするが、対フランスとの戦争はかなり負担を強いられるのは目に見えている。フランスには強固な要塞がたくさん存在するので、フランスに攻め込むためにはどうしても中立国のベルギーの国土を通過しなければならなくなる。そうなれば大陸での対独戦争になってときに中立を約束しているイギリスは確実にドイツに宣戦布告する。ドイツの決定は最後には“男らしさ”で決まってしまったようだ。つまり、戦争を回避する女々しい方策ではなく、断固男らしく戦争をする、という決定だった。
 そしてサライエヴォの事件が発生する。
 オーストリア皇太子夫妻がボスニア・ヘルツェゴビナサライエヴォでセルビア人青年によって暗殺されたのは、1914年6月28日。オーストリアセルビアに宣戦を布告したのは、7月28日。7月31日にドイツはロシアに最後通牒。8月1日、ドイツ、ロシアに宣戦布告。8月2日、ドイツ、ルクセンブルクに侵攻。8月3日、ドイツ、フランス、ベルギーに宣戦布告。8月4日、ドイツ、ベルギーに侵攻。イギリス、ドイツに宣戦布告。・・・・・
 暗殺事件からすぐに戦争が始まったわけではない。この一ヶ月間、各国の首脳はめまぐるしく仕事をしていた。本書の後半300ページは戦争までの一ヶ月間の出来事を追っている。世界戦争は避けることができず、ついに起こってしまった。

 本書は、なぜ戦争が始まったのか、を考察していない。いかに始まったのか、を淡々と記述している。それは見事だ。読み終えると、戦争になったのは仕方なかった、という気になる。なぜ戦争が始まったか、と原因を探ることは戦争を回避するために何が足りなかったか、という視点を避けて通ることはできないが、本書は最初からそれをしていない。もともと『夢遊病者たち』が戦争に至る道をすすんでしまったわけで、戦争の原因は、そういう夢遊病者がちが当時、各国の政策決定担当者になっていたことにある、としているわけだ。
 本書の結論はこうなっている(本書832ページ)。
 “彼らは用心深かったが何も見ようとせず、夢に取り憑かれており、自分たちが今まさにもたらそうとしている恐怖の現実に対してなおも盲目だったのである。”
 何も見ようとせずに、現実に盲目だったこの戦争へ至る過程の数年間を800ページを超える大著にまとめた筆者に最大限の敬意を表する。

The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914

The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914